循環の二重円に 機械的にちらす三角形 難しいのは線 歪みが漏れでて まるで穿った精神線 あとすこし? あとすこし。 残るは焔 生み出すは化身 サラマンダー 仕上げは ぽつりと男が呟く 当たり前だ、と思う。これをなんだと思っている。火種にするにはそれなりの火薬や擦れば反応する薬品が織り込まれているにきまってる。対象物をいかに迅速に焼けるか、唯それだけの為にあるイレギュラーな存在だ。 甘い訳は無い。 発火布を付けた儘の手を丸ごと口に含ませる男の顔が苦みに歪む。本当に不味いのだろう。これの価値を表すには手頃でお似合いだ。そう、私は白を気取るコイツが嫌い。 しかし私は毎日の決まり切った大して旨くない食事を取る様に、生理的に夜に成ると発火布を、寝床から芋虫の様に這い出しそもそと作り出さなくてはならなくなる。今日も又昨日に同じ、前線地の駐屯場で簡易ベットに座りながらの作業、唯違うのは今日はヒューズが目の前にいる。 こと、戦場に於いての時間感覚で陣を描く作業を一瞬と言わすのが人間兵器と呼ばれる所以でも。それでも尚、私は尚、作らずにはいられなくなるのだ 今少し「黒」が動く ただ芋虫との違いは、毛に微量の毒素が有り外敵から身を守るのに対し私のは生命の危機にしての防衛本能が発したそれではないという事か。そもそも唯生きたい為と絶対的偏見を以て言えたなら未だ私に殺された人々も救われたろうに。 私はそうではない。 ただ傍らにいるものを守りたいなどと囁けたならどんなに良かっただろう そして私はそうではなかった。 「夢を視たよ、ヒューズ」 「どんな?」 「私の死んだ後の夢」 「楽しい話じゃなさそうだな」 舐めるは人差し指の間接 「意外にこれが笑える」 言って手をつ、と離すと男が此岸に視線を寄越す。自然に視線は絡む。 「私はアメストリス立っての噂の的に成っている。もっとも私自身では無くこの右手が、なんだがね」 くと笑い、ひらひらと右手を頭上で飛ばせてみると唾液の湿りからかヒヤリとした。男は繋ぐ言葉を受け止めようと、手をなぞる為に曲げられた体を椅子からほんの少しに持ち上げて此岸を伺う。真摯な目、私の好きな青色の 「黒」は様子を伺っている 「出るんだそうだよ」 「…何が?」 「これが、右手。曰く夜な夜な地べたを這い廻る」 「それは、又、いつからオカルト支持者になったんだ?」 「夢の話だ」 「意外に此れが真相心理を現すんだそうだ」 「まあ聞けよ」 何時もの戯れ合いが焦れったい。 「どうやら、英雄ロイマスタングはイシュバールで奪った人々の怨念が原因でお亡くなりになったそうだ」 「ほー」 「で、右手だけが動き回って居るのは、それでも未だ冷めやらない犠牲者の恨みが成仏を許さないと。そう言う訳らしい」 「手は這い回るだけか?」 「地ベタをひたすらな」 ずるずると血だか体液だかを流しながらだったかも知れない よっこいしょ、と座りを正すヒューズの掛け声は何時もオヤジ臭い 「で。こちらの妖怪ロイちゃんは、サバイバーズギルドに苛まれて悶々として居りました。と?」 「そんなお噺じゃないだろう?」 「そんなお噺だろ?」 「いや、そうじゃない」 じゃないなら、と私の手を掴んで再びしゃぶり出す。 嗚呼前よりも手ひどいな。 「なんで俺を呼んだんだ?」 又、少し「黒」が動いたか ベットに座った腰が寒さで怯む 「……。未だそのアホ面を下げて生き延びているのかなと気になってな、生存確認を兼ねてだ。少しは戦争で引き締まるかと思ったが、どうやらアホ面は人の生死とは関係無いらしい 」 「締めても良いんだぜ?けどロイはこのアホ面のがいいんだろ?」 「…いってろよ」 突如キリとした痛みが走る、歯を立やがったらしい小指が少し痛い。矢張り見透かされているのだろう嘘を付いた事も、わざと気付くように話を仕向けた事も、ヒューズの前では私の企みなんて糞みたいな一人芝居のお遊戯にかわる。その聡さは意志を挫くには余りに容易過ぎて。 無言 無言 無言 無言で白を愛てもらう。それ以上もそれ以下もなく、唯唯の。唯唯の。この行為。 これが仕上げの最後の布陣 「発火布が嫌いか?ロイ」 円陣に軽くキス。 「大いにな」 反吐が出る位には。 「人間兵器よりはましかな?蠢く右手兵器ならまだ笑いがとれる」 裏腹にふとヒューズの顔から冗談が消えた あぁやけに底冷えがする 「黒」がびくりと揺れた気がした 「喩ばだ…」 溜めて 「喩ば、お前の後ろ付き纏っている影がお前のしてきた事を責めたとする…」 ヒヤリとした。影?コイツに「黒」の話をしたことはない。脂汗が吹き出てくる。動機が逸る。寒い 「やっぱり居た の か?」 思わず挙げてしまった声に「黒」がヒワァンと訳の解らない嬌声を上げだした。もごもごと動く気配を感じる まずい まずい こんなに気配を確かに感じたのは初めてだ 「それ…は」どんな? 「ロイ?」 おかしい、こちらを捕らえていない ヒワアァァーー…ン 今まで距離を保っていた「黒」が突如子供がヒステリーをおこした時のように泣きながら又少しずずずと近づいて来ている。寒い。 「どんな」姿を? 「ロイ!」 絶望か恐怖なのかロイの顔は青ざめぶるぶると震えだす 待てども後の言葉は続かないのが堪らずヒューズは震えるロイを手繰り寄せ、まるで凍えそうな子供にするように、体温が届けとばかりに包み込み擦り上げる。そして、怯えを掻き消そうとする境界線のジャッジメントで在るように毅然と絶対的偏見を以て。 「いいか、良く聞けよ、お前は影の言うことを事実だと受けとめなきゃならない。逃げるな否定するな、だから影に囚われる。お前は影で存在を識り、影がお前の存在理由だ。お前と影が別れて在るのは太陽がある限りどうにもならない。だけどなぁ」 一層に優しく 「又太陽がある限りお前は影にとってかわられる事は 決して無い。」 嗚呼ヒューズ 「だけどヒューズ」 近いんだ ちかすぎる! 「夜は 来るんだよ。毎日毎日毎日毎日気が狂う程の長い闇が」 曖昧になる境目 まだ止まぬ夜と震え ヒューズがいっそ強く抱き止めた 吐息がかかる。冷えた黒い影の放つ吐息に犯されてしまう。 「私は いつか… 堪えられず、あいつに私を譲ってしまうかもしれない」 危うい現実 現に今だって 「ほら今この瞬間にも!」 ふと見下ろしたその右手にズルリと入り込んだ黒い影にニヤリと笑う 黒い 私の か お 「ヒッ!みぎっみぎて…に!!」 何事かとヒューズが見据えた瞬間 ロイは携帯用ナイフを上着の裏から取り出し右手にあてがった コイツ。切り落とそうというのか! 「ばっ…か やろっ!」 思いっきりナイフを持った手ごと蹴りあげた、左手から弾け跳んだナイフは弧を描いて床に突き刺さり。ロイはそれでも尚右手を傷つけようとナイフに動こうとする手をヒューズは両の手で引っ掴んだ。向き合わせ、焦点が合わないロイの顔にヒューズはそれでもと顔前まで突き付けて、例の右手を己の口内に再び招き入れた。 びくりと揺れる瞳 愛しく愛しく。見せつけるように体温を伝えてやる。手の腹、指の股、甲の筋、どこが怪物かと丸ごと飲み込んでやる。 こんなに、暖かいのに 「ああ…」 目がかち合う、俺の好きな漆黒の 「俺がいるだろロイ」 忘れんな だから… 「夜には俺を呼べばいい」 手が熱い 熱を感じている。 嗚呼、そうか 私は、どうやら まだ 人間だ 「ヒューズすまない」 「ローイ、こういう時は有難うだろ?」 コイツらしい緩んだアホ面で請われるとどうして 「有難う」 素直に吐けたりするのだろう 男はどうして 「なあロイ、俺は好きだぞこの発火布」 いって右手を恭しく持ち上げる顔は何故戦時下でもこんなに幸せそうに笑えるのだろう 「布切れ一個がロイを守ってくれるなら、俺は幾らでもコイツに跪く」 罪をも厭わない 其の強さと 何処迄もの優しさが 愛と 言うのだろうか 「ま、味だけは好きになれそうに無いけどな」 と太陽の様にカラリと笑った。 大佐になった私は裕福な部屋で暮らしてはいるが、依然夜になると部屋の片隅でもそもそと発火布を作りだしている。 あの日から「黒」は現われなくなった。吸い込まれた筈のこの右手にも何ら異変はなく、発火布を使うのも幾分心はないだ。ただ。 潰されそうな位競り上がる白の山の中で ただ違うのは…… 先ずは赤 循環の二重円に 機械的にちらす三角形 難しいのは線 歪みが漏れでて まるで穿った精神線 あとすこし? あとすこし。 残るは焔 生み出すは化身 サラマンダー 仕上げは 「不味いもんだなヒューズ」 何時の日か、湿りで焔が不発になり命を迂闊に奪われる。そんな理不尽に悪趣味な夢に密かに思い馳せ、ロイはうつらうつらと莫大な白に埋もれていった。 未だロイは知らない あの時。 ヒューズが丸ごとその手を含んだ瞬間。 「黒」は隙間から そろり と男の中に入った事を。 そうして、男を、失った。 終 |